個性的な動きのパターン

はどうやって起きる?

更新:2024.5.29  文責:長谷川 拓 (理研

友達や家族の歩き方やご飯の食べ方など、習慣的に行う動きをよく観察してみてください。きっと人それぞれで個性的な動きのパターンがある事に気づくかと思います。なぜ人それぞれで違った運動を学習するのでしょうか?

 ヒトなどの哺乳類の脳では大脳皮質の運動野から筋肉へ運動指令が送られますが、習慣的な運動は大脳基底核と呼ばれる脳領域も関わっていることが知られています。私たちは、大脳基底核で運動のばらつきを制御する神経メカニズムがある事を見つけました (Hasegawa et al. 2022)。このばらつきが個性的な動きのパターンを作り出す原因になっているのではないか、と考えています。

大脳基底核は大脳皮質から入力を受けて視床を介して再び大脳皮質に入力を返すループ構造を構成しており、運動の制御に関わる事が知られています。例えば、大脳基底核に投射するドーパミン細胞が減ってしまうパーキンソン病では、運動の開始が難しくなったり、動作が緩慢になったりします。逆に、大脳基底核の一部である視床下核と呼ばれる小さな神経核が脳出血などで損傷すると、バリズムと呼ばれる手や足が意思に反して大きく揺れ動く不随意運動が起きます(図1)。

 私たちはマカクザルを使って、大脳基底核にある視床下核の神経活動を化学遺伝学的手法と呼ばれる方法で一時的に抑制しました。すると、サルの手が意思に反して動き出し、サルが手を伸ばして物を掴む動作のばらつきも大きくなりました(図2)。

図1.大脳基底核は大脳皮質運動野とループ状の神経ネットワークを形成しています。線条体と視床下核が大脳皮質から直接入力を受け、淡蒼球内節から視床を介して大脳皮質へ出力しています。白の三角(△)は興奮性投射、黒の三角(▲)は抑制性投射を示します。
図2.マカクザルにレバーを引く到達行動課題を行わせている最中に、視床下核の活動を化学遺伝学的手法によって一過性に抑制しました。a, カラー情報と深度情報(カメラからの距離)を同時に計測するカメラで計測し、肩・肘・手首・手の位置を深層学習によって推定しました。b, 上肢の各部位の位置を3次元空間に再構築して、視床下核抑制の前後で比較しました。

この時に大脳基底核の出力である淡蒼球内節のニューロンの神経発火を記録すると、平均の発火頻度は変わっていないものの、神経発火が増えたり減ったりといった変動量が上昇していることを発見しました(図3)。この神経発火の増減が不随意運動のタイミングと一致することから、淡蒼球内節の発火パターンの変動がランダムな動きを起こしているのではないか、と考えました(図4)。

図3.a, 到達運動課題中に淡蒼球内節のニューロンの活動を電気的に記録しながら、視床下核を抑制しました。b, 淡蒼球内節ニューロンの神経発火の時間経過を運動開始の時点で揃えて表示したものです。短い縦線は神経発火を示し、青い横線は神経発火の一過性の休止を示しています。視床下核を抑制する前は、休止期間が運動開始直後に観察されましたが、視床下核を抑制すると運動していない時にも休止期間が起きるようになりました。c, 運動中のサルから記録された83個の淡蒼球内節のニューロンの解析を行いました。視床下核の抑制によって発火頻度には変化が見られませんでしたが、休止期間が増え、発火パターンの変動が増大しました。
図4.正常な状態では、運動実行の際に視床下核が活動し、淡蒼球内節の活動を安定化することで滑らかな運動を実現すると考えられます(左)。視床下核を抑制すると、淡蒼球内節の活動が不安定になり、不随意運動が起きたり、運動がぎこちなくなったりすると考えられます(右)。

習慣的な運動の実行の際には視床下核が活動し、安定して滑らかに動きを実現しているものの、慣れていない運動をする際には視床下核の活動が減少してランダムな動きを作り出すのかも知れません。最初は不安定でランダムな動きだったものが、繰り返し行動するうちに特定の動きのパターンに安定していく事で、人それぞれで異なった個性的な動きを学習するのではないか、と考えています。


本研究の詳細は以下からお読み頂くことができます。

Hasegawa, T., Chiken, S., Kobayashi, K., & Nambu, A. (2022) Subthalamic nucleus stabilizes movements by reducing neural spike variability in monkey basal ganglia. Nat. Commun., 13, 2233.