個性が群れの性質を変える

更新:2024.4.24  文責:佐藤大気 (千葉大学)

動物は時に群れで行動します。夕刻に頭上を飛び回るムクドリの群れや、せっせと餌を運ぶアリの行列、あるいはテレビ番組で映されるイワシの大群を皆さんも見たことがあるでしょう。集まった個体は群れをつくり、それはあたかも一つの巨大な生き物かのように複雑に動きます。このように個体が集まったときに初めてみられる現象は創発と呼ばれ、研究者を長年魅了し、そのメカニズムの解明が進められてきました。例えば、魚や鳥の見せる群れ行動は、近くの個体に移動速度を合わせるといった単純な行動ルールで再現できることが、シミュレーションにより分かっています。しかし、現実の生物では、群れを形成する各個体の反応性や行動に違い、多様性があります。はたして、個体レベルで見られる行動多様性は集団のふるまいにどのように影響するでしょうか?

ハエにみられる群れ行動?

この疑問に答えるため、遺伝的に異なる100系統以上のショウジョウバエを用いて集団行動実験を行いました(Sato & Takahashi, bioRxiv)。実験アリーナに1個体、あるいは6個体のハエを入れ、彼らを怖がらせる視覚刺激(looming stimulus)を断続的に与えます。すると、ハエは刺激に顕著に反応して動きを止めます(図1)。興味深いのは、単独のハエは刺激が繰り返されると怖がってどんどん動かなくなるのに対して、集団でいるハエたちは刺激後すぐに動き出し、移動速度を保っていることです。では、なぜこのようなことが起きているのでしょうか。調べてみると、周囲の他個体の動きにつられて動きだすことがわかりました。ハエは鳥や魚のように群れで動くことはないと思われるかもしれませんが、周囲の環境変化を視覚的に認識し、迅速に反応することで、集団レベルの創発現象が生じていると考えられます。

図1. ハエを怖がらせる実験の概要

多様性が群れのふるまいを変える

次に、集団内における個体間の行動多様性の役割を検証するため、さまざまな組み合わせで遺伝的に異なる2系統を3個体ずつ導入した混成集団を作成し、実験を行いました。この集団(個体間平均)のふるまいは、導入した各系統(画一集団)の平均値に近い形質を示すと想定されます。しかし実際に観察してみると、刺激直後の移動速度が顕著に下がる、つまり、多様性がある集団では恐怖反応が強くなることが示されました(図2)。提示している視覚刺激は迫り来る捕食者を模したものであり、そうした恐怖条件下においては、しっかりと動きを止め、刺激が止んだあとは迅速に動き出す、というのが捕食回避と採餌探索という動物の行動戦略における最適解と考えられます。個体間の多様性は、集団に捕食回避におけるプラスαの利益をもたらしうるのかもしれません。

図2. 混成集団では刺激呈示直後の速度が顕著に低下し、強い恐怖反応を示す

それでは、このような現象はなぜ起こるのでしょうか?また、こうした現象にはどのような神経学的、遺伝学的な基盤が存在するのでしょうか?紙面の都合上、詳細は論文に譲りますが、多様な遺伝的バックグラウンドをもつショウジョウバエ系統や多彩なツールを利用することで、そのような集団レベルの現象について分子基盤から進化過程まで幅広いスケールで切り込んでいけると考えています。特に、コントラリアン行動においては、他個体の動きを視覚的にどう認識し、そこからどのように意思決定を行うかが重要となります。コントラリアンが生じる至近的・究極的なメカニズムや、社会・生態学的な波及効果の解明に向けて、ハエがいろいろなことを教えてくれそうです。


本研究の詳細は以下からお読み頂くことができます。

Sato D.X., Y. Takahashi (2024) Neurogenomic diversity enhances collective antipredator performance in Drosophila.

bioRxiv (https://doi.org/10.1101/2024.03.14.584951)