計画研究

多様な生き物と多様なアプローチで 「あまのじゃく」 を科学する

社会構造の異なる4つのモデル生物

みんなとは異なる行動をとるあまのじゃく個体は様々な生物で広範に存在し、研究室の遺伝的バックグラウンドが均一な集団でさえ観察されます。しかしそれらは外れ値と見なされこれまで体系的に扱われることはありませんでした。そこで本プロジェクトではハエ・メダカ・サル・ヒトの4つのモデル生物を取り扱う研究者たちが参画し、コントラリアンを実験レベルで評価できる種横断的な共通の行動実験パラダイムを確立します。

 ハエ・メダカ・サル・ヒトはいずれも社会集団を形成しますがその程度は大きく異なり、集まりというレベルのものから、統率されたかのような集団行動をとるもの、明確な序列を用いて社会秩序を築くもの、幾重にも複雑に階層化された多面化された社会構造をもつものと多岐に渡ります。これらのモデル生物を用いることで、コントラリアンが群れや社会集団を形成する様々な動物において普遍的に存在することを実験レベルで示し、コントラリアンの生物学的意義の解明を目指します。

生態学と神経科学を融合した多面的アプローチ

コントラリアンは、「集団と個」という構造を持つ限り、様々なシーン・時間スケールにおいて有効性を発揮し得ると考えられます。これまで4つのモデル生物ではそれぞれの生物の特徴を生かした多様な実験技術が開発されてきました。これらのモデル生物を用いることで、相手の行動に応じて瞬時に自分の行動を変えるミクロな時間スケールを操る神経基盤から、世代間で集団内の構成が変化していくマクロな時間スケールにおける分子遺伝基盤まで幅広くコントラリアンの在り方を調べることができます。

 本プロジェクトでは生態学と神経科学がタッグを組むことでコントラリアンをトップダウンとボトムアップの両面から研究します。構成員の専門分野は動物行動学、分子生物学、神経生理学、生態学、臨床心理学と多様です。それぞれがこれまで培ってきた技術・知識・研究哲学を融合させ協力することで、各研究計画に多面性を持たせることができます。

プロジェクトの3つの大きな目標

これらを中心に本プロジェクトでは各モデル生物ごとにそれぞれの生物学的・実験技術的特徴を生かした独創的な4つの研究計画を展開します。

   A01班      天邪鬼行動が集団に及ぼす社会的・生態的影響とその遺伝基盤

集団内の統制を乱すような個体の存在は社会にどのような影響を与えるか? 

あえて他人と違う選択をしたくなることはしばしばもあります。昆虫も同じようです。私たちは、そのような振る舞いがどのような遺伝的な特徴によって形作られているのか、そして、そのような個体の存在が集団全体のパフォーマンスに対してどのような影響を与えるのかをショウジョウバエという小さな昆虫に着目して調べています。 

高橋佑磨 (千葉大学)

専門:進化生物学

佐藤大気 (千葉大学

専門分野:進化ゲノミクス

どのような生物でも集団のなかには豊かな多様性があります。遺伝的な多様性や生まれ育った環境に依存した表現型可塑性は、集団内の多様性を生み出す主要な要因です。私たちは、集団内の遺伝的変異が集団全体の増殖率を高めたり、歩行速度や餌探索の網羅性を高めるたりすることを実験的に示してきました。一方、集団内の遺伝的、可塑的な変化以外に、「天邪鬼行動(コントラリアン行動)」といった瞬間・瞬間の社会的環境に依存した刹那的な意思決定が集団内の多様性を生み出している可能性があります。しかし、このような多様性がどのように生まれ、また社会においてどのような波及効果をもつかはわかっていません。私たちは、まず、キイロショウジョウバエの集団について天邪鬼行動の出現頻度を定量し、ゲノム解析によってそのような行動の遺伝的基盤を探ります。さらに、天邪鬼行動をしがちな系統とそうでない系統について集団全体の移動速度や餌探索効率、産卵効率などを比較して天邪鬼行動の社会的なインパクトを探ります。これらを通じて、社会のなかの多様性とその役割についての全体像を知りたいと考えています。 

   A02班      新規大胆系統や近交系メダカを用いたコントラリアン行動の行動・分子神経基盤解析

メダカを用いたコントラリアン行動の分子神経基盤解析を目指して 

メダカの群れに餌をあげると、一匹だけ集団から外れて食べる個体がいるのを見たことがある人はいるんじゃないでしょうか。私たちはそのような行動がどういうメカニズムで起きているのかを、遺伝学的に明らかにしたいと考えています。

横井佐織(北海道大学)

専門分野:行動遺伝学

これまでの魚類研究では、群れに属する各個体が同様の行動を示すことで、捕食回避や採餌学習の効率上昇などのメリットを得ることが実証されており、「leader/follower」の観点から多くの実験が行われてきました。その一方で、群れの中の多様性が群れに与える影響、ひいてはコントラリアンの出現機構について議論した研究はほとんど存在しません。そこで本研究ではまず、異なる遺伝的背景や性質を持つメダカをコントラリアンとして導入した際の群れとしての挙動を検証するとともに、その生理的意義について考察します。また、当研究室では遺伝的背景がほぼ同一なクローズドコロニーにおいても、給餌の際に餌の多い水面に集まる個体以外に、餌の少ない水底に留まる個体(コントラリアン)が出現することを見出しており、コントラリアンの出現しやすさを様々な系統を用いて比較し、GWAS解析やRNAseq解析などを用いることで、コントラリアン出現の分子メカニズムを明らかにしたいと考えています。そして得られた結果を他の班と比較することで、コントラリアン戦略や出現メカニズムについての共通性や特異性について議論します。 

   A03班      サルのコントラリアン意思決定の行動・神経基盤解明 

厳しい競争社会を生き延びるためのサルの秘策とは? 

ご存じの通りサルはとても高い知能を持ち、また他人の顔色をよく窺って「空気」を読むことに長けています。群れの中の激しい競争と上下関係をたくましく生き延びるには、「空気」を逆手にとって他のみんなとは違う行動戦略で出し抜く必要があります。本プロジェクトではそんな「逆張り」的行動戦略の有効性を検証します。

石井宏憲(関西医科大学)

専門分野:行動神経科学

長谷川 拓(理化学研究所)

専門分野:神経生理学

倉岡康治(関西医科大学)

専門分野:神経生理学

永野 茜(理化学研究所)

専門分野:比較認知科学

サル班ではリアル環境とバーチャル環境の2つの行動実験を行います。理研グループを中心に行う巨大ケージを用いた集団Y字実験では、個体同士のコンタクトを伴う駆け引きに注目しコントラリアン行動を生み出す要因(個体間の距離やパワーバランスなど)を網羅的に探索します。一方関西医大グループでは、集団Y字をバーチャル環境に落とし込んだMultiplayer Gambling gameを用い個体の強さに係わらず自由意思に基づく選択権を担保することで、他個体の行動戦略とコントラリアンの行動戦略の関係性をパラメトリックに決定します。これら2つの行動実験を通して、サル特有の高度で多彩な意思決定におけるコントラリアンの行動原理の解明を目指します。また得られた行動データを基に適応度シミュレーションを行い、長期的な観点における個・集団レベルへの波及効果からコントラリアンの生態的意義を検証します。一方コントラリアン行動を生み出す神経機構やコントラリアン性の変化に伴う神経可塑性を調べるなどボトムアップ的なアプローチからの理解も進める計画です。

   A04班      ヒトの社会的メタ認知に基づいた柔軟なコントラリアン行動の生成

他者のこころと行動の予測に基づいた逆張り戦略のメカニズムを解明する 

ヒトの集団は他の動物種と比べてはるかに複雑で発達した社会を形作ります。他者のこころを想像して自身の思考や行動の調整を行う「空気を読む」能力が、ヒトの逆張り戦略の出現と、それによる社会の安定にどのように貢献するかを明らかにします。  

宮本健太郎(理化学研究所)

専門分野:行動認知心理学

林 明明(理化学研究所)

専門分野:認知心理学

ヒト計画班では、自分自身の認知の状態を正しく評価するメタ認知能力と、高度な社会認知能力を有するヒトの集団において、逆張り(コントラリアン)戦略の役割を検証します。動物の集団での報酬探索・採餌行動を模したオンライン実験課題を設計し、多数の実験参加者が同時に回答する条件でデータ取得を行い、コントラリアン戦略の生起に関わる報酬量・確率の予測可能性等の環境要因や、気質などの生体内要因を明らかにします。社会的環境の変化に応じたフォロワー・コントラリアン戦略の柔軟な切り替えのためには、他者の心的状態を推定する「心の理論」に関わる能力に加えて、他者との相互作用に基づいて協同的な認知の調整を行う「社会的メタ認知」の能力がとりわけ重要です。脳機能イメージング (機能的MRI法) と脳刺激(経頭蓋磁気刺激[TMS]法)を用いて、コントラリアン行動を生み出す因果的な神経基盤を同定します。他者との情報の共有性や可視性と、コントラリアン戦略生起の有無および集団としての中長期タイムスパンでの利益や平等性との間の関係を解明し、社会学、行動経済学や公共政策学等、人文社会科学分野への波及を目指します。