リスクのある選択をしがちな人、リスクを避けがちな人



更新:2024.3.26  文責:林 明明 (理研

Q. 以下のAとBの選択肢、あなたはどちらを選ぶ?

A「3,000円確実に儲かる」

B「80%の確率で4,500円儲かる」

Q. 以下のCとDの選択肢、あなたはどちらを選ぶ?

A24,000円確実に儲かる」

B25%の確率で100,000円儲かるが、75%の確率で何も儲からない」

ヒトは何かを得ようとするときはリスクを避ける

れらはプロスペクト理論で知られるトベルスキーとカーネマンの研究にて用いられた意思決定問題の一部であり、人は利得に対してはリスク回避的で、不確実でリスクのある選択肢よりも、確実にもらえる利得の選択肢を好むことが報告されています(Tversky & Kahneman,1981)。たとえリスクのある選択肢のほうがもらえる金額の期待値が高い場合でも、人はリスクを回避して確実な選択肢を選びがちです (Aが3,000円に対して、Bの期待値は3,600円。Cが24,000円に対してDの期待値は25,000円) 。また、これらの2つの質問は直接比較するためのものではありませんが、ABの質問よりもCDの質問のほうが確実な選択肢を選んだ人の割合が多いという結果が得られています(Tversky & Kahneman,1981)。

 私はこれまで、実験や調査で用いる手法によって得られるデータに違いがあるかどうかについて興味を持ち、いくつか検討を行ってきました。例えば対面と非対面での実施、オンラインとオフラインでの実施、異なる実験デバイスによる実施の違いなどについてです。上記のような意思決定問題の回答についても調査方法によって一貫性があるかどうかを検討するため、同じ参加者に対して紙面で回答を求める郵送調査と、ブラウザ上で回答を求めるWeb調査を2回行ったところ、結果は一貫していました(林, 2017)。AとBの2つの選択肢ではAの選択肢を選ぶ人が多数派であり、CとDではほとんどの人がCの確実に儲かる選択肢を選びました(表1)。

 ここで注目すべきは、人はリスク回避的だと言われていますが、リスクのある選択肢を選ぶ少数派もいたという点です。ABの選択肢では少数派は8割の確率で多数派の3000円よりも多い4500円を儲けられますし、CDでは多数派が24000円である一方で、少数派は4分の1の確率で10万円も儲けることができます。少数派をコントラリアンと考えると、不確実でリスクはありますが、コントラリアンにはより多くの利益を得られる可能性があると考えられます。

全般的なリスクテイキングの個人差を測定する

リスク回避の反対の傾向はリスクテイキングやリスク傾向などと呼ばれます。人は行動の意思決定をする際、どの程度リスクテイキングを行うのか、もしくはリスクを回避するのか個人差があると考えられます。これまでリスクテイキングについては、経済面や健康・安全面など、特定の状況に限定した測定が多く行われてきました(Blais & Weber, 2006)。一方で、これらの状況に共通するより全般的な因子があると考え、Zhang et al.(2018)はそのような全般的なリスクテイキングを測定するGeneral Risk Propensity Scale(GRiPS)を開発しました。

 GRiPSは8項目の短い尺度であり、簡便に全般的なリスクテイキングの個人差を測定できます。私たちは日本の調査で用いるためにこの尺度を日本語へ翻訳し、尺度の信頼性(測定が安定しているか)や妥当性(測定したい内容を測定できているか)を検討しました(林・宮本, 2023)。項目の例としては「私は人生のほとんどの面で、リスクを取ることを楽しんでいる」「私は運に賭けることは大切だと思っている」などがあります。

 翻訳手続きでは、GRiPS英語版をまず日本語へ翻訳し、さらに原版を知らない独立した翻訳者によって英語へ再翻訳した後、原版著者から確認を得ました。およそ1カ月の間隔で同じ参加者に対して2回の調査を行い、GRiPSはそれぞれの調査の中では一貫して同じ内容を測定できていること(内的一貫性)、2回の調査の間で安定して測定ができること(再検査信頼性)を確認しました。さらに妥当性を調べるため、特定の状況に限定したリスクテイキングを測定するDomain-Specific Risk-Taking Scale (DOSPERT; Blais & Weber, 2006)の各領域(特定の状況)とGRiPSとの関連の強さを求め、GRiPSは全般的なリスクテイキングを測定できていることを確認しました。意思決定問題を回答する実験や調査の参加者について、それぞれの人は全般的なリスクテイキングの傾向が高いのか、それとも低いのかが測定できるようになりましたので、今後は意思決定との関係を検討していく予定です。