頭の中の天使と悪魔

更新:2024.1.16  文責:石井宏憲 (関西医科大学

コントラリアン行動はみんなとは違う行動を選ぶという点で、ある意味ハイリスクな行動選択と言えるかもしれません。しかし厳しい生存競争を勝ち残るには時としてハイリターンを狙ってハイリスクな選択を行うことも必要です。ここで紹介するのはそんなリスクを伴う意思決定を巡って相対する役割を果たす2つの脳領域の話です。


図1 ギャンブル課題とラットの選択

ラットはギャンブルが好き?オスはメスよりもっと好き!?

ギャンブルはヒトが嗜む娯楽ですが、冒頭述べたような“ギャンブル的”要素は私たちの日常生活の至る所、そして動物にとっても普遍的に存在する問題です。リスクとリターンという非常に悩ましい問題に対し哺乳類の脳はどのように意思決定を下しているのでしょうか。領域メンバーである石井宏憲らが過去にラットを用いて行った一連の研究(Ishii et al., 20122018、および未発表データ)を概説します。

 実験は非常にシンプル、ラットに必ず水2滴が得られるレバー(確実な選択肢)と水4滴が得られるか何も得られないか確率50%のレバー(リスクがある選択肢)を与え自由に選択させました。一度の選択では偶然かもしれないので、繰り返し選択させどちらを多く選ぶかを調べます。ラットは一日に必要な水をこの実験を通して獲得しなければならず、非常に重要な選択となります。さて我々ヒトでさえ悩む答えのないこの選択、果たしてラットはどちらを選んだのでしょうか。

 図1の縦軸はリスクがある選択肢を選んだ割合です。つまり50%より高いほどリスクを好み、低いほどリスクを避けたと見ることができます。左の群はオス、右の群はメス、〇印は各個体の結果、横棒は群ごとの平均を示します。横棒に着目すると、オス・メスともにリスクを好み、さらにオスはメスよりも高い頻度でリスクを好んでいることが分かります。一方で個別の〇印に着目すると個体によって大きな差があることも分かります。実験に用いられたラット達は近交系であり、すなわち遺伝的にほとんど差がありません。にもかかわらずリスクに対する好みが大きく異なるのには行動戦術を多様化させるための何か重要な仕組みがあるのかもしれません

ギャンブルを止めたい前頭眼窩野、リスクに賭けたい島皮質前部

さて今度は脳の話に移りましょう。前頭眼窩野と呼ばれる脳領域が損傷するとハイリスクな行動選択を行うようになることは以前から知られていました(Bechara et al., 1998)。一方で前頭眼窩野に隣接し解剖学的な神経結合関係にも多くの共通点が見られる島皮質前部がどのような機能を持つのかは分かっていませんでした(図2A)。そこで著者らは前述のラットのギャンブル行動モデルを使って、島皮質前部の機能を一時的に不活性化し意思決定にどのような影響が出るのかを調べました。すると島皮質前部を不活性化されたラットではリスクがある選択肢を選ぶ割合が劇的に低下することが分かりました(図2B左)。一方で前頭眼窩野を不活性化すると反対にリスク選択が増加しています(図2B右)。機能の不活性化がそれぞれリスク選択を低下/増加させたということは、健常な島皮質前部はリスク選択を促進し、前頭眼窩野はリスク選択を抑制していると考えられます。

 さらに島皮質前部の神経細胞の活動を計測すると、ギャンブルに勝った時に反応するものが見つかりました(図3A)。しかもこれらの神経活動は例え同じ量の報酬が貰えたとしてもそれが事前にわかっていた場合には反応しません。つまりギャンブル特有の応答であることが分かりました。一方前頭眼窩野ではギャンブルに負けた時に反応する神経細胞が多く見つかりました(図3B)。この結果をもとに機能阻害実験の結果を解釈すると以下のようになります。「島皮質前部を機能阻害するとギャンブルの勝ちへの反応が失われ、ギャンブルの負けに反応する前頭眼窩野が優勢となり、ラットはリスクを冒すのをためらうようになった。一方前頭眼窩野を機能阻害すると負けに対する反応が鈍くなり、勝ちを重視する島皮質前部が優勢にとなって、ラットはリスクを積極的に冒すようになった。」

 もちろんそれぞれの脳領域にはこれらの神経細胞以外の神経細胞もたくさんあるので、これらの神経細胞の活動がどれくらい各脳領域の機能に寄与しているのかについてはさらなる研究が必要です。また意思決定はこの2領域以外にも数多くの脳領域が関与していると考えられることにも注意が必要です。

図2 機能阻害によりラットのリスク選択はどう変わったか

図3 結果が分かった時の神経活動(横軸は経過時間)

コントラリアン行動を決定する神経基盤は?

さてコントラリアン行動にはどんな脳領域が重要な役割を果たすのでしょうか?似たような問題の解決には同じような脳領域が関与することが少なくありません。もしかするとコントラリアン行動にも前頭眼窩野や島皮質前部が係わっているかもしれません。しかし例えば私たちの手が握手したり・字を書いたり・ボールを投げたりと様々な場面で異なる方法で多様に機能するように、担当する脳領域が同じであってもその使われ方は全く違うかもしれません。またリスク選択行動とコントラリアン行動で決定的に違う点があります。それは後者では他者の存在・動向に応じて自身の行動を変えなければならないという点です。

 数ある脳領域からコントラリアンに関連する部位を探し出すのは途方もない作業になります。そこで本領域ではヒト班が全脳スクリーニングにおいて絶大な威力を発揮するfMRIを用いて候補脳領域を探索・同定し、さらにサル班と共同で多角的な神経科学技術を用いて「あまのじゃくを生み出す脳の不思議」の解明に挑みます。