振る舞いゆらぎ

更新:2023.11.15  文責:高橋佑磨 (千葉大学)

動物には、種内に行動の多様性が存在し、それは個体や個体が属する集団に影響し、その影響は種全体にも波及する可能性があります。例えば、餌の好みの種内多様性は、個体間の競争を緩和することにつながり、個体や集団が利用できる資源量に影響を与えます。そのため、餌選好性の種内多様性の要因を理解することは生態学的に重要なテーマの一つとなっています。種内個体間の表現型多様性は、遺伝子と生息環境の多様性のほか、発生過程でのランダムな変異(発生ゆらぎ)によって生じます。しかし、発生ゆらぎによる餌選好性の多様性を調べた研究はほとんどありません。ここでは、資源分割に影響する形質として餌選好性と活動量に着目し、遺伝的多様性と発生ゆらぎがどのように野外の種内多様性を形成しているかを調べた私たちの研究(Hamamichi & Takahashi, bioRxiv)をご紹介します。

系統(遺伝子)が異なるとエサの好みも変わってくる

本研究では、キハダショウジョウバエ(Drosophila lutescens)を対象に、野外のある個体群内から雌成虫を採集し、70の単雌系統(それぞれ遺伝的に均一な集団)を作出しました。各系統について、実験室の一定環境下で3世代以上継代した後に、雌成虫5頭(羽化後1–7日齢)を用いて餌選好性を測定しました。実験に用いたアリーナは、2つの小部屋とそれらを繋げる通路からなり、各部屋の中央にグレープジュースとオレンジジュースを餌として置いてあります(図1)。

このアリーナでメスの行動を撮影し、得られた動画を使って自動トラッキングにより各個体の座標データを取得しました(図2)。このデータをもとに、餌選好性と活動量を計測しました。

 実験の結果、多くの系統がオレンジへの選好性を示した一方、一部の系統はグレープへの選好性を示し、選好性の程度は系統間で異なっていました。系統間の差は遺伝的な差異を表しているため、この結果は、餌選好性には種内に遺伝的な多様性があることを示しています。また、活動量についても同様に、系統間で差が見られたことから、活動量における種内多様性の存在が示されました。

好みは「ゆらぐ」

つぎに、餌選好性と活動量の系統内のばらつきを測定したところ、それぞれの形質について、系統間で異なるばらつきの程度が観察されました。系統内の表現型のばらつきは、発生ゆらぎの程度を表しているため、この結果は、発生ゆらぎの程度には種内に遺伝的な多様性があることを示唆しています。さらに、興味深いことに、餌選好性と活動量には形質間に相関がなかった一方で、餌選好性の系統内のばらつきと活動量の系統内のばらつきには正の相関が見られました(図3)。このことは、餌選好性のばらつきが大きい系統は活動量のばらつきも大きいことを示しています。また、餌選好性と活動量における系統内のばらつきの遺伝率を計算したところ、それぞれの形質で10%を超える高い値を示しました。このことから、各形質における発生ゆらぎの程度は共通の遺伝基盤によって支配されていることが示唆されました。

 野外集団における種内の行動多様性の成立には、遺伝的多様性だけでなく、発生ゆらぎも大きく貢献しているといえそうです。発生のゆらぎによっても、コントラリアンのような行動が生まれるかもしれません。

Hamamichi, K., Y. Takahashi (2023) Genetic variations in foraging habits and their developmental noise in Drosophila, BioRxiv, https://doi.org/10.1101/2023.07.28.550901