恋敵からメスを守る

オスメダカ

更新:2023.10.23  文責:横井 佐織 (北海道大学)

メダカを使って研究をしている、という話をすると、「なんでメダカなの?」という質問をよくいただきます。日本人には馴染み深いメダカですが、アジアにしか生息せず、世界的には実はマイナーな動物です。なので、まだまだ知られていない面白いことがたくさんあり、研究のしがいがある、というのが理由の1つです。そしてもう1つ、私たちヒトは、他の人を主に視覚を用いて判断しますよね? 実はメダカも、視覚情報を主に用いて他個体の認識をするのです。これは、主に嗅覚を用いて他個体を認識するマウスにはない特徴です。そこで、「マウスではなくメダカを使うことで、ヒトに通じる何かがわかるかもしれない」と思って私は研究をしています。そして、そう思わせる、ヒトのような行動をメダカが示す、というお話を今回紹介したいと思います。

メダカを、オス、オス、メスの三角関係にしたら何が起きる?

「三角関係」という言葉を辞書で調べると、「三人の男女の間の複雑な恋愛関係」(大辞泉)と出てきます。漫画やドラマでよく見る関係性ですが、メダカでやってみたらどうなると思いますか? 私は学生時代、そんな研究をしていました(Yokoi et al., 2015)。

答えは、「ライバルオスがメスに近づかないように、ライバルオスとメスとの間に割り込む」です(図1。♀と♂2が近づかないように♂1が割り込む)。詳細は動画(リンク)で見ていただくとわかりやすいのですが、オスは、「僕の彼女に近づかないで!」と言わんばかりに、ライバルオスがメスに近づくのを妨害します。私はこの行動が、メダカの「配偶者防衛行動」なのではないかと考えました。配偶者防衛行動とは、「オスがメスに追従し、他のオスとの交配を阻止する行動」と定義され、昆虫から霊長類まで様々な動物種で観察が報告されています。しかし、研究は主に生態学の分野で行われており、その分子機構については当時ほとんど研究がされていませんでした。メダカでは分子遺伝学的手法を用いて特定の遺伝子を欠失させた個体や、体の一部を光らせた個体を作出することができるので、メダカで配偶者防衛行動を研究できれば、その分子機構の解明が進むはずです。

割り込み行動はメダカの配偶者防衛行動なのか?

しかし、この割り込み行動がメダカの配偶者防衛行動である、と主張するためには、定義にのっとっているか、つまり、他のオスとの交配を阻止できているか、を検証しなければなりません。そのために私は父親検定を実施することにしました。光るオス(特殊な環境下でなければ光らないので、普通に見ている分には光りません)と光らないオスとをメスを巡って競わせ、卵が光るかを見ることで、割り込み行動で勝ったオスが子孫を残すことができているかを検証したのです(図2A)。結果は図2Bの通り、割り込み行動で勝ったオスの子孫が90%以上を占め、引き分けの時はほぼ50%の確率で子孫を残すことができるということがわかりました。つまり、割り込み行動は配偶者防衛行動の定義を満たしており、メダカにおける配偶者防衛行動である、ということが実証されたのです。

バソプレシンホルモンが配偶者防衛で勝つために必要

次に私たちは、この行動にどのような分子が関与しているのかを明らかにすることにしました。そして研究を進めるなかで、ヒトも持っているホルモンである、バソプレシンが関与することを見出しました。遺伝子編集技術を用いてバソプレシンホルモンを合成できなくさせたメダカのオスは、正常なオスと競わせた際に配偶者防衛で負ける傾向にあったのです。では、バソプレシンを合成できないオスは、なぜ配偶者防衛で負けてしまうのでしょうか?私たちは、オス、オス、メスの三者関係の中には、「オス→メス」と「オス→オス」の2つの関係性が含まれていることに着目しました。メスをライバルオスから守ろうと思うためには、メスと子孫を残したい、という「オス→メス」の関係性と、他のオスよりも優位にたちたい、という「オス→オス」の関係性が重要そうであると考えたのです。そこで、「オス→メス」の関係性については、オスからメスへの求愛回数を、「オス→オス」の関係性については、オスからオスへの攻撃回数を数え、バソプレシンを合成できないオスではこれらの二者関係にも異常を示すのかを検証しました。

その結果、バソプレシンを合成できないオスでは、他オスへの攻撃回数は正常な一方で、メスへの求愛回数が少ない、ということが明らかになりました。つまり、他のオスよりも優位に立ちたい、という気持ちよりも、メスと子孫を残したい、という気持ちが配偶者防衛には必要である(図3)、ということが実験的に示されたのです。考えてみれば当たり前な気もする結果ですが、それまで配偶者防衛行動はオス間競争の一環として捉えられ、「オス→オス」の関係性として着目されていたので、研究業界からすると意外なものでした。

コントラリアン行動とメダカ

というわけで、今回はメダカの配偶者防衛行動について紹介しました。他のオスにメスをとられないように間に割り込む、という行動、関与する分子はヒトも持ち合わせているホルモン、というこの研究は「メダカを使うことで、ヒトに通じる何かがわかるかもしれない」と私に思わせてくれるものでした。このようなヒトとメダカとの意外な共通点を、コントラリアン行動においても見つけられればいいな、と思っています。