更新:2024.11.25 文責:佐藤 大気 (千葉大学)
研究トピック8では、ショウジョウバエに視覚刺激を与えた際に見られる恐怖反応(フリージング)についてお話ししました。個体と集団での反応の違い、画一集団と混成集団の違いなど、単純な移動速度に着目しても、色々と興味深い現象が見られました。しかし、自分が次に気になったのは、こうした行動の生態学的意義です。はたして、フリージングは野外においてどのような意味を持つのでしょうか?そんなことをモヤモヤ考えながら実験していたある日、素晴らしい出会いがありました。
コンピューターの画面に張り付いて健気にカーソルを追う姿(図1)。ハエトリグモと呼ばれるこの愛らしい生き物をみなさんはご存知でしょうか。人家性の種が多く、その振る舞いから一部界隈では”アイドル”と呼ばれ、身近な生き物として親しまれています。彼らの最大の特徴はその発達した視覚であり、名前の通り、ハエを含む小型の昆虫類を主食としています。右の動画では、カーソルを獲物と勘違いして、目で追いかけているわけです。その姿を見て、これは使える、と思いました。
思いついたのは、ショウジョウバエの動き方を再現した“バーチャルハエ”をディスプレイに表示し、その上に置いたハエトリグモの反応、すなわち攻撃回数を調べるという実験です(図2)。実際のハエと違い、バーチャルハエの動き方はパラメーター次第でいかようにも変えられますから、興味のある動き方の違いがどう影響するか、詳細に検証が可能です。また、同時にクモをトラッキングし、その結果に基づいてリアルタイムでバーチャルハエの動き方を変える、すなわちAnimal-computer interactionの手法を導入してみました。この手法を用いることで、よりリアルな被食者–捕食者間の相互作用を再現することができます。
そこで早速、バーチャルハエのフリージング時間(クモが近づいた時に動きを止める時間の長さ)を様々に設定してみました。ハエの生態について考えてみると、野外では採餌や探索に時間を割かなければいけない一方で、捕食者に食べられてしまえばおしまいです。フリージング時間が長くなればハエはあまり動けませんし、一方でほとんどフリージングしなければクモの注意をひいて襲われてしまうかもしれません。このバランスを最大化させるフリージング時間がハエにとって最適なのではないか、と考えたわけです。
その結果、フリージング時間が3秒の時に、捕食回避と探索のバランスが最大化するということが分かりました(図3)。さらに、この値を用いて実際のハエの行動データから集団のパフォーマンスを定義すると、混成集団では期待値と比較して大きな「多様性効果」(研究トピックス14を参照)が生じることがわかりました(詳細はプレプリントを参照)。被食者であるハエに捕食者を模した視覚刺激を与える実験と、捕食者であるハエトリグモに獲物を模した視覚刺激を与える実験。両者を組み合わせることで、特定の行動がもつ生態学的意義により深く迫れると考えています。生物にとって集団化の大きなメリットの一つは捕食回避であると言われます。捕食者の眼から動物の行動を眺めると、自然界に存在する行動のルール、コントラリアンのメリットなど、新しい世界が見えてくるかもしれません。