更新:2024.7.31 文責:倉岡 康治 (近畿大学)
好みの異性を前にしたときに「顔が火照」ったり、車にぶつかりそうになって「背筋が凍る」思いをすることがあります。あるいは些細なことにでも怒りやすい人の事を「瞬間湯沸かし器」と表現することもあります。このように、私たちは感情が揺さぶられることで体表面の温度が変化するように感じることを日常的に経験しています。しかし、病気のときには脇の下に体温計を挟んで体温を測りますが、そもそも体表面の温度は心の変化などに応じて瞬間的に変化するものなのでしょうか?
私たちが日常的に皮膚温の変化を感じる体の部位は限られており、例えば緊張したときには手が冷たくなることがあるでしょう。また先に挙げたように、感情が高まると顔が熱くなり、反対に気分の落ち込みとともに顔も冷めることを感じることはないでしょうか(図1)?実は手のひらや顔の皮膚には動静脈吻合と呼ばれる、毛細血管を経ずに動脈と静脈をつなぐ比較的太い血管が多く存在しています。この動静脈吻合は、交感神経という感情と関連して活動する自律神経の支配により、その直径を変化させます。動静脈吻合の血管が太くなるとたくさんの血液が流れることで体温が集まり皮膚温は上がります。一方でこの血管が細くなると血流が減ることで皮膚温が下がります。このようなメカニズムにより、手のひらや顔の皮膚温は感情に応じて変化すると考えられます。
私達ヒトと近縁種であるおサルさんに「ご機嫌いかがですか?」と聞いても、おサルさんはヒトの言葉を理解できませんし、私達もおサルさんの鳴き声を詳細に理解することはできません。そこでおサルさんの顔の温度は測ってみると、サルの感情に近づけるのではないかと考え、サルの顔にサーモグラフィという温度測定カメラを向けてみました。サーモグラフィとは、コロナ禍において建物に入るときによく設置されていた、物体の表面温度を遠隔で測定し画像化するカメラです。この装置は熱を持つ物体表面から発せられる赤外線量を検知して色付けしています。ご存じの通り、ヒトと異なりサルの体表面の大部分は体毛で覆われているため、遠隔からその皮膚温を測ることは難しいのですが、幸いにも顔周辺には体毛がないため皮膚が露出しています。また、サルは注意を向ける方向に顔を向けるため、提示する刺激の傍らにサーモグラフィを設置することで、その刺激により生じた感情に伴う顔皮膚温度を測定しやすいという利点もあります。
サルの前にコンピューター画面を設置し、画面にいくつかの刺激映像を流しながら、画面の上に設置したサーモグラフィで顔の皮膚温度を測定しました。手始めに他個体のサルが感情露わにしている映像を流した結果が図2の通りです。飼育ケージの中で怒って手を出してくる10秒間の映像(A)を見たときのサル顔のサーモグラフィ(B)では、温度が高いほど赤から白色で表示され、温度が低いほど青色から黒色で表示されています。右図の中で特に白い四角で囲った鼻周辺の温度が時間と共に色が変わっていることが分かります。この鼻周辺温度の平均値を経時的に見ると(C)、刺激提示後から急激に低下し始め、約30秒かけて1℃ほど皮膚温が低下しました。
他の刺激ではどうでしょうか?他個体が威嚇している顔や怖がっている顔あるいは挨拶している顔の短い映像も提示したときの平均的な鼻周辺皮膚温の変化が図3の通りです。威嚇顔だけでなく恐怖顔も含めて、他の個体が負の感情にある刺激を見た時に皮膚温の低下が起きることが分かります。さらにその感情の強さに応じた温度低下もみられ、全身で怒りを表現している映像が最も大きな温度低下を導いていることが分かります。
以上のように、顔は表情を用いて感情を表現したり、顔色で気分を表すだけでなく、顔の温度を測定することで特に鼻周辺の温度によりその個体の心の内を知ることができるようです。「目は心の鏡」だけでなく、「鼻も心の鏡」ということですね。
<参考文献>
Kuraoka K. & Nakamura K. Facial temperature and pupil size as indicators of internal state in primates. Neuroscience Research, 175: 25-37, 2022.
Kuraoka K. & Nakamura K. The use of nasal skin temperature measurements in studying emotion in macaque monkeys. Physiology & Behavior, 102: 347-355, 2011.