更新:2025.06.30 文責:倉岡 康治 (近畿大)
青春時代にアイドルやスポーツ選手の等身大ポスターを部屋の壁に張ったり、写真を机の上に飾ったりしていた経験はないでしょうか?写真を眺めているだけで幸せな気分になった経験がある人も多いのではないでしょうか?私たちヒトは美味しい料理を口にするといった生理的なものだけでなく、人物写真のような社会的なものに価値を見出し、しばしば大きな対価を支払うことがあります。
さて推しの写真でホッコリと癒される私たちのこの行動、一見ヒトならではの奇妙な生態に思えますが果たして本当にそうでしょうか?実はおサルさんもまた、他のサルの写真を見ることに価値を見出すことが分かっています。Pay per view課題はサルが他個体画像にどれほどの価値を見出しているかを測る物差しで、サルがその写真を見るために本来与えられるはずのジュースをどれくらい犠牲にするかを測ります。
右の図では2本の赤いバーが描かれており、サルが左右どちらかを選んで手元のボタンを押すと、バーの長さに比例したジュースがもらえます。赤いバーの横に図形が提示されている方の選択をすると、ジュースに加えて図形に対応した他個体画像が得られる課題になっています。下部のグラフは、左右どちらを選んでも得られるジュース量が同じ条件で、画像が出ない状況(赤)・左を選ぶと画像が出る状況(青)・右を選ぶと画像が出る状況(緑)における、右を選ぶ割合を示しています。左のグラフは画像がこちらを見つめる異性画像の場合で、右は画像が嫌な表情の同性画像の場合です。グラフをよく見ると、画像が出ない状況より異性画像が出るほうの選択をする割合が高くなっており、反対に嫌な表情の同性画像は避ける選択をしています。このサルは異性画像を好んで、同性画像に好ましくない価値を見出していました。
次にサルの脳内で異性画像の価値やジュースの価値がどのように表現されているのかを調べるため、扁桃体という脳の深部にある領域(右図上の赤矢印先端部)のニューロンの神経活動を計測しました。先行研究によって扁桃体ニューロンは貰えるジュースの量に応じて活動の大きさが変わる、すなわち報酬の価値を表現していることが明らかとなっています。右図に、本研究においてある扁桃体ニューロンがジュースが与えられた時と画像を呈示された時の神経活動をそれぞれ示します。このニューロンは、ジュースが多い(青実線)ほうが大きな神経活動を示す特徴があり(右図下段左、青実線)、また写真呈示においても好みの異性画像が提示されたときのほう大きな神経活動を示す特徴があります(右図下段右、赤実線)。これはこのニューロンがジュースと他個体画像の価値、つまり生理的な価値と社会的な価値を同じ尺度で表現していることを示すと考えられます。この領域の他のニューロンの神経活動も解析してみると、ニューロンによってはジュース量が少ない場合や、好ましくない画像に対する応答のほうが大きいものも記録されますが、扁桃体ニューロン集団の応答では好ましい画像に対するほうが大きな応答を示していました。画像情報は視覚経路を介し、一方でジュース情報はおもに味覚経路を介して脳に入力されるため、これら2つの情報が脳のどこで出会うのか定かではありませんが、少なくとも扁桃体ではそのような感覚情報だけではない価値情報が表現されているようです。
春先の公園では桜の花を見上げることなく飲めや歌えやの宴会に興じる人々の「花より団子」が風物詩ですが、「団子にも推しの写真にも」惹かれるニューロンの、どちらが私たちの本質なのでしょうね。