同じ種類の動物でも、みんなが同じ能力をもつとは限らない


更新:2024.2.19  文責:永野 茜 (理研

同じ種類の動物でも、みんなが同じ能力をもつとは限らない

――ラットにおける物理的因果理解能力の検証から見えてきたこと――

私たちはヒトという同じ種類の動物であっても、皆もっている能力は様々です。勉強が得意な人もいれば、スポーツが得意な人もいるでしょう。今回は、ラットの行動を測定することで見出された、複数の物体同士の物理的因果関係の理解に関する能力の個体差について概説します。

世界初!! 道具を使うラットの“発見”の始まり

サル班のメンバーの1人である永野茜は、比較認知科学の観点から、ラットの道具使用行動を通して、齧歯類がどのように複数の物体の物理的因果関係を理解しているのかということについて調べました(Nagano & Aoyama, 2017a, 2017b; 永野, 2018; Nagano, 2019a, 2019b; 2022a, 2022b, 2022c)。比較認知科学は心理学のうちの1つの分野で、ヒトが他の霊長類と分岐して独自の進化を始めたとき以来、ヒトは何を変化させ、何を新たに獲得し、何をなくしたのかという認知能力の進化過程を解明することを最終目標としています。そのためには、数多くの動物種をできるだけ同じような条件で調べて比較し、共通性と種の独自性を明らかにしなければなりません(藤田,1998)。実は、ネズミとヒトの祖先は同じです。ヒトは、その共通祖先から進化の過程を経て約20万年前に地球上に誕生しました。では、例えば、「赤いボールが転がって青いボールにぶつかったら、青いボールが赤いボールと同じ方向に動くだろう」というような物理的因果関係を理解する能力は、このヒトとネズミで共通した進化過程のうちのいつの時点で発生したのでしょうか? もし、ラットもこのような基本的な物理的因果理解能力をもっているということが示されたら、その能力の進化の起源は、齧歯目の時点まで遡ることができます。

進化過程と各分類群における道具使用行動の報告の有無

青字は、自発的または訓練によって道具を使用することが報告されている動物種が含まれるカテゴリーを示している。Krubitzer (2009) を基に作成。

永野は、主に霊長類(例えば、チンパンジーやフサオマキザル)や鳥類(例えば、ニューカレドニアガラスやシロビタイムジオウム)を対象に実施されてきた道具使用課題をラット用に作り直して実施しました。道具使用課題は、動物が、手や前肢、嘴の届かない位置にある餌を道具を用いて掻き寄せて獲得できるかどうかということを調べる課題です。この課題を通して、動物における物理的因果理解能力や順序立てて計画する能力などを調べることができます。ラットを対象に広く用いられているオペラント箱(動物がレバーを押すと餌が提示される箱型装置)内でのレバー押し課題では、新奇な条件だとラットは実際にレバーを押すまで、レバー押しによってどのような結果(例えば、どのようなタイミングでどれだけの餌が提示されるのか)がもたらされるのかということを予測することはできません。ラットには、どのように実験条件がコンピュータで制御されていて、レバーを押すことで回路に電気が流れ、餌提示装置の部品が動くことで餌が餌皿まで落ちてくるということが理解できるとは考えにくいからです。つまり、「レバーを押す」という事象の後に「餌が提示される」という事象が生じるという事象の順序性を学習することはできたとしても、後続事象が生じる原因を理解することはできないからです。それに対して、道具使用課題では、たとえ新奇な場面であったとしても、餌や餌を獲得するための道具が事前にラットから見えており、自身の行動によって道具や餌の位置が変化します。そのため、ラットは実際に道具を操作する前であったとしても、その新奇場面での物理的因果関係が理解できていれば、どのような種類の道具をどのように操作すれば、餌がどのように動くのかということを予測できる可能性があります。つまり、「餌の背後に道具の一部分がある状態で道具を引き寄せる」という事象の後に「餌が自分の方へ接近する」という事象が生じるという事象の順序性を学習できるだけでなく、なぜ、「餌が自分の方へ接近する」という事象が生じたのかという原因を理解することができる可能性のある課題です。ラットは、医学や神経科学、心理学などといった幅広い分野の実験で2番目に多く用いられている動物ですが(1番目はマウス)、これまで世界でラットの道具使用行動について調べた研究者は誰1人としていませんでした。

実験1:道具を使って餌を獲得する訓練を経て、多くのラットは道具を餌のある方向に操作することができるようになる

そこで、8匹のラット(Brown-Norwayラット4匹、Long-Evansラット4匹)を対象に、単一の熊手型道具を用いて餌を獲得させる道具使用課題を実施しました。ラットは野外で道具を使用したり、自発的に道具を使用したりすることはないため、まずは道具を使えるようになるための訓練が必要です。訓練では、熊手は装置内の左端または右端に置き、そして餌は必ず熊手に対して装置の中央寄りになるように置きました。そのため、ラットから見て熊手が左側にあれば熊手を右方向に、熊手が右側にあれば熊手を左方向に操作すれば、餌を獲得することができました。それに対して、訓練後に1日間のみ行ったテストでは、新たな熊手と餌の配置パターンを用いました。

ラットと実験装置

実験装置前面のドアと床の隙間から前肢や口を出して、水色の熊手型道具を操作し、チョコレート味のシリアルを獲得させる課題を実施しました。

テストで熊手を餌のある方向に操作した試行の割合

ランダムな方向に熊手を操作していたら、この割合は50%付近となる。*の数が多いほど、統計的に50%を上回って、餌のある方へ熊手を操作したことを意味する。

1日間のみ実施したテストでは、熊手を中央に置き、ランダムな順番で餌を熊手の左側または右側に置きました。そのため、ラットは自分に対して左右どちらの側に熊手があるのかということに基づいて熊手の操作方向を決めれば餌が獲得できるという訓練で用いていた方略では、テストで餌を獲得することができません。しかしながら、もし、ラットが餌のある方向に熊手を操作すれば餌を獲得できるということを理解していれば、テストでも餌のある方へ熊手を操作するはずです。熊手の操作方向を分析した結果、8匹中6匹のラットが、統計的に偶然よりも多い試行で、熊手を餌のある方へ操作していたということが分かりました。

実験2:ラットのうち少数の個体は、道具を使う訓練を経なくても餌のある方へ道具を操作する

しかしながら実験1では、ラットは訓練でも餌のある方へ熊手を操作して餌を獲得するという経験をしていたため、テストでも同様の方法で餌のある方へ熊手を操作しただけであるという可能性もあります。そこで実験2の訓練では、実験1とは別の実験経験のないラットを対象に、餌は置かずに熊手のみを台の上に置いて、ラットがある一定距離以上、台の内側へと動かした場合にのみ実験者が手で餌を与えるということを行いました。すなわち、この訓練では熊手と餌を同時に提示することは一切なく、熊手を横方向に動かすという運動の訓練のみを行いました。その訓練の後に、実験1と全く同じテストを実施しました。このテストで、初めて熊手と餌を同時に提示しました。その結果、初めて道具を用いて餌を獲得させる課題を経験したのにも関わらず、8匹中1匹のラットが餌のある方へ熊手を操作することができました。

様々な動物における行動の個体差への着目 ー 実験2で1匹のラットはなぜ道具を餌のある方へ操作できた? ー

なぜ、実験2で1匹のラットは、道具で餌を引き寄せて取るという経験を一切していなくても、餌のある方へ道具を操作することができたのでしょうか? その謎を解明するべく、左右のうちどちらの前肢を用いて熊手を操作したのかということを分析しました。その結果、この1匹のラットは8匹のラットの中で1番、前肢の左右の使い分けを行っていたということが分かりました。つまりテストにおいて、熊手の左側に餌がある場合は左前肢を、熊手の右側に餌がある場合は右前肢を使って熊手を操作していたのです。興味深いことに、ほとんどのラットがテストで熊手を餌のある方へ操作していた実験1では、8匹全個体がこのような前肢の左右の使い分けを行っていました。つまり、状況に応じた柔軟な行動が物理的因果理解を支えている可能性が示されました。

 我々の領域では、あえて少ない餌がある方の選択肢を選択するという、少数の個体でしか見られないような行動に着目しました。今までノイズとして扱われてきた動物の行動の個体差に着目することで、新たな発見ができると期待しています。更には、ハエ・メダカ・サル・ヒトを対象にできるだけ同じ課題を実施することで、行動メカニズムや神経機構を動物種間で直接比較することができ、コントラリアン行動の進化過程の解明にも寄与できると期待されます。

更に詳しく!

 永野が今まで行ったラットの物理的因果理解に関する研究は、以下の書籍の第19章にまとめられています。

Nagano, A. (2022). Tool Use. In The Routledge International Handbook of Comparative Psychology (pp. 240–250). Routledge.

https://www.routledge.com/The-Routledge-International-Handbook-of-Comparative-Psychology/Freeberg-Ridley-dEttorre/p/book/9780367546045