自分の未来を想像する脳

更新:2023.12.19  文責:宮本健太郎 (理研

ヒトは日常において、さまざまな種類の「不確実性」(もしくは「確率」)に対応しながら生活しています。そのうちの1つは、困難な問題を解くための自身の能力に起因する「内的」な不確実性、他の1つは私たちの周りの環境に依存し、自身でコントロールすることのできない「外的」な不確実性です。例えば、GPSを搭載していない車で、どのレストランに食事をしにいくか決める際、道順の記憶に基づいてどの程度確実にそのレストランに辿り着けそうか(内的不確実性)を予測するとともに、そのレストランがどの程度確実に開いていそうか(外的不確実性)も考えなければなりません。より確実にディナーを手に入れるには、車の運転に先立ってこの2つの不確実性を推定し、どのレストランに向かうかを決める必要があります。この研究は、脳がどのように異なる種類の未来の不確実性を予測し、比較するかを明らかにしました。

未来の行動に先立って自分が成功する確率を予測する脳の仕組み

私たちは、多数の細かい点がランダムな方向に運動する動画を用いて、内的不確実性と外的不確実性を比較する認知課題を新たに開発しました(図A)。この比較課題において、実験参加者は、「点の動きがランダムで分かりにくいが、その平均的な運動方向を正しく判別できれば必ず報酬がもらえる『内的不確実性』選択肢」と「点の動きが一様で運動方向の判別は簡単だが、報酬が(点の数に応じて)確率的にしかもらえない『外的不確実性』選択肢」を比べ、より報酬が貰える可能性の高そうな選択肢を選ぶことが求められました。まず私たちは、人々がこれら2つの「不確実性」を正確に推定する能力を持っていることを、この比較課題を用いて確かめました。

次に、この比較課題を遂行中の脳活動を、磁気共鳴機能画像法(fMRI法)を用いて計測したところ、大脳皮質の「前外側前頭葉(47野; alPFC)」と呼ばれる領域が、「内的不確実性」の推定(「内的不確実性」選択肢に対する成功確率の予測)と、その「外的不確実性」選択肢との比較において重要なはたらきを果たすことがわかりました。さらに、経頭蓋磁気刺激法(TMS法)を用いてこの領域の脳活動を一時的に不活性化したところ、「内的不確実性」選択肢の成功確率(成績)そのものには全く影響が及ばないのにも関わらず、「内的不確実性」選択肢の成功確率の予測が正確に出来なくなりました(図B)。TMS実験の結果は、前外側前頭葉が「内的不確実性」と「外的不確実性」の間の正確な比較対応付け(マッチング)に必要な役割を担うことを示唆しました。

これらの実験結果は、前外側前頭葉が、自身の未来の行動の成功確率を予測し、その予測に基づいて最適な意思決定を行うために重要であることを明らかにしました。前外側前頭葉は進化的に新しく、霊長類の中でもとりわけヒトのみでよく発達した脳部位として知られています。人間に顕著な未来に対する想像力(イマジネーション)―例えば、就職活動時に、自らの能力や適性を自己評価し、自身にふさわしい応募先を予め選択する能力―が、前外側前頭葉のはたらきによって生み出されることが示唆されました。

 自分自身の未来の意思決定の結果を予測する能力は、集団の中に入って行動を決める際にもとても重要で、私たちヒト班は、特に人間でよく発達したこの脳の働きに注目して、ヒトの逆張り行動、コントラリアンの出現のメカニズムを研究しています。


Kentaro Miyamoto, Nadescha Trudel, Kevin Kamermans, Michele C Lim, Alberto Lazari, Lennart Verhagen, Marco K Wittmann, Matthew F Rushworth (Neuron 2021). Identification and disruption of a neural mechanism for accumulating prospective metacognitive information prior to decision-making. 

DOI: 10.1016/j.neuron.2021.02.024

https://www.cell.com/neuron/fulltext/S0896-6273(21)00124-0