更新:2025.07.22 文責:横井 佐織 (北大)
コントラリアンと群れ行動を考える上で、私が重要だと考えている要素の一つに、「個体同士の関係性」があります。例えばヒトで考えると、コントラリアン行動をとっているのが知り合いだったら、興味を持って真似しよう、と思うかもしれませんが、知らない相手だったら、関心を持たずスルーしてしまうかもしれません。
動物の世界でも、相手との親密度によって行動を変える例は様々に知られており、行動の制御に関与するホルモンも報告されています。例えば「オキシトシン」というホルモンの名前を聞いたことのある方がいらっしゃるのではないでしょうか。ヒトでは愛情ホルモンとして知られており、パートナーやペットとの絆形成に重要だとされています。一夫一妻制で知られるプレイリーハタネズミでは、オキシトシンの働きを阻害すると、オスもメスもパートナー以外とも交尾するようになってしまうことが報告されています。では、メダカでもオキシトシンが働くのでしょうか?そもそも、相手が親密な個体かどうか、認識しているのでしょうか?
トピックス2でお話したように、私はメダカの三者関係においてバソプレシンホルモンが重要な機能を示すことを発見していました。その流れで、バソプレシンと似たホルモンであるオキシトシンも、メダカの行動を制御するのではないか、と考えて、オキシトシン遺伝子を破壊したメダカ(以下オキシトシン変異体)を作製して行動実験をしていました。そんなある日のことです。
「オキシトシン変異体のオスが、正常メスに求愛をしてくれない」という現象に私は頭を悩ませていました。普通に考えれば、オキシトシンがなくなると求愛をしたくなくなる、という発想になると思うのですが、この変異体のオス、普段飼育している水槽ではちゃんとメスに求愛をしているのです。普段の飼育と求愛実験とで何が違うかを考えると、相手がオキシトシン変異体メスか、正常メスか、という点。普段はオキシトシン変異体を集めて飼育しているので、オキシトシン変異体オスが変異体メスに求愛をしています。一方、求愛実験の際は、遺伝子破壊の影響でメスの行動に異常がある可能性を排除するために、正常メスを使っていました。「オキシトシン変異体メスと、正常メスの何が違うんだろうー。見た目はほぼ同じだしなー。」と考えていた時に思い出したのは、オキシトシン変異体のマウスでは、親密な異性への行動に異常が生じる、という論文でした。
「今回のケースで考えると、オキシトシン変異体メスはいわば幼馴染、正常メスは初対面。この違いがオキシトシン変異体オスの求愛のやる気に影響しているのでは…?」
仮説を思いついたら次は実証実験です。私の仮説が正しいならば、初対面の正常メスとオキシトシン変異体オスを同じ水槽で飼育し、親密化させてあげれば、変異体オスは正常メスに求愛したくなるはずです。
親密化開始1週間。求愛回数は少ないまま。10日後。求愛回数変わらず。2週間後。また求愛回数が少ないままだったら嫌だなあという気持ちから、実験を見送ってしまいました。20日後。さすがにそろそろ決着をつけないといけない、と思い行動実験をしてみると、おや?求愛頻度が増えている?ドキドキしながら他の個体も親密化をさせて実験してみると、統計学的にも求愛頻度が上昇していることがわかりました(下図)。一方、正常なオスも20日間の親密化で求愛頻度が増えるかというと、そうではないこともわかりました。
つまり、やはり正常なオスにとっては、相手のメスが自分と親密かどうかは気にならない一方、オキシトシン変異体オスは親密な個体にだけ求愛をしたいようで、私の仮説が正しかったことが判明しました。自分の仮説が当たっているとわかったときのあのゾクゾクする感覚が、研究を続ける原動力になっている気がします (もちろんはずれることの方が多いのですが)。
オキシトシン変異体オスは親密なメスにだけ求愛をしたいようですが、メスはどうでしょうか?正常なメダカのメスは、親密なオスの求愛を受け入れやすい、ということが知られています。しかも、相手が親密かどうかを、相手の顔を見て判断するようで、横顔よりも正面顔の方が見分けやすくなるようです。人から見ると、ほとんど同じに見えるメダカの顔ですが、メダカ同士では違いがわかるようで、もしかしたら「イケメン」もいるのかもしれません。不思議ですね。
さて、少し話が脱線してしまいましたが、つまり、メスとの親密度に関係なく求愛をする正常オスとは逆に、正常メスは親密なオスとの子孫を残そうとするのです。では、オキシトシン変異体メスはどのような行動を示すのでしょうか?
答えは、「親密なオスも、初対面のオスもすぐに受け入れる」でした。オスに対する好みがなくなってしまったのです。
ここまでお話しした、正常メダカとオキシトシン変異体の行動をまとめたのが右図です。オキシトシンというたった一つの遺伝子を破壊しただけで、オスもメスも、異性の好みが逆転してしまいました。好みなんて人それぞれなんだからいいじゃないか、という話もあるかと思いますが、実は正常メダカの異性の好みは、子孫を残す上で重要な意味を持っています。メダカのメスは1日1回のみ産卵するのに対し、オスは1日7-8回放精が可能です。したがって、メスはその1回を大事に使い、よりよい子孫を残すことが重要な一方、オスはなるべく多くのメスにアタックして多くの子孫を残すことが重要になってきます。この時、メスは見知ったオスを配偶相手とすることで、オス同士の競争に勝って自分のそばにいてくれた強いオスの子孫を残すことができます。そしてオスは、メスとの親密度によらず求愛をすることで、多くのメスとの子孫を残すことができるのです。
この傾向がオキシトシン変異体では逆転してしまうので、メスは大事な一回を見知らぬ弱いオスとの交配に使ってしまったり、オスは見知ったメスに執着して多くの子孫を残すチャンスを失うことになります。メダカが自分の子孫を残すために、オキシトシンは必要不可欠なのです。
以上をまとめると、冒頭の疑問「メダカでもオキシトシンが働くのか?そもそも、相手が親密な個体かどうか、認識しているのか?」の答えは、「メダカも私たちヒトのように、相手との親密さによって行動を変え、その制御にオキシトシンが関わっている」でした。そして、コントラリアン生物学の観点から見ると、オキシトシン変異体は異性の好みが逆転しており、コントラリアン的な行動を示すと言えます。配偶戦略におけるコントラリアンの出現が群全体に及ぼす影響を検証するのは、実験構築の難しさがありますが、いつか挑戦してみたいところです。また、今回の結果を見ると、配偶戦略に限らず、オキシトシン変異体は他個体とのコミュニケーションが正常個体と異なりそうです。こうした個体を集団に混ぜた際に、集団としての挙動が変化するのか、といった実験はコントラリアン研究に重要な視座を与えそうですし、そうした実験を行いやすい、というのがメダカ研究のメリットだと思います。
参考文献