更新:2024.8.29 文責:横井 佐織 (北海道大学)
コントラリアンに着目した研究以外に、私の研究チームでは「機能未知」な遺伝子に着目して、脳での機能と行動への関わりについての検証を進めています。誰もその機能を知らない遺伝子って、夢があってワクワクするんですが、一方でどこに連れて行かれるかわからない怖さもあります。神経回路を作るのに必要なのか?神経興奮に必要なのか?ホルモン合成に必要なのか?特に必要ないのか?などなど、検証を始めてみなければわかりません。さらに、研究の途中で実は他の生物で機能がわかっていることが判明して血の気がひいたり。今回はそういった紆余曲折を経て2024年8月に発表された論文(https://www.nature.com/articles/s42003-024-06667-8)についてご紹介したいと思います。
ひとくちに機能未知遺伝子と言っても、その数は膨大であり、どれに着目するかをまずは決めないといけません。そこで私たちは、「タンパク質ではないとデータベースで予測されていながら、実はタンパク質となって機能をもつ遺伝子がある」という報告が近年されていることに着目しました。メダカを用いた過去の論文からデータをダウンロードし、再解析することでメダカの脳で発現するそういった遺伝子リストを得ることができました。そして、他種で同じようなタンパク質が報告されているかを解析ソフトを使って予測させたとしても、何も出てこない(機能が他種で検証されていない)、LOC101156433に着目することにしました。
LOC101156433は脳の中でも新しい神経が生まれてくる領域で多く発現しており、いかにも脳の機能に重要そうでした。遺伝子欠損メダカも順調に育って、さあ機能を解析するぞ!と思った矢先、別のデータベースでは、LOC101156433はHmgn2というタンパク質であると予測されていることが判明。メダカはマウスなどに比べると研究が少なく、データベースが充実していない点が仇となりました。さらに、Hmgn2は他種での機能も既に論文で発表されている遺伝子であることも判明しました。
研究としての新規性がなければ、論文発表はできません。「他種での機能がよくわかっているHmgn2をメダカでやる意味はないかもしれない。この研究も、せっかく育った遺伝子欠損メダカも、なかったことにするしかない…?」と一瞬考えましたが、そう簡単に諦めるわけにはいきません。なんとか新しい一面がないか探す中でわかったことは、一般的にゼブラフィッシュからマウスまで、脊椎動物間でほとんど構造が変わらないタンパク質であるHmgn2が、メダカではかなり構造を変えているということ。そして、マウスではHmgn2遺伝子を欠失させると脳が小さくなる、小頭症を示し、死にやすいという重篤な異常を示す一方で、メダカの遺伝子欠失個体は見た目が正常でぴんぴんしているということ。「これは何か面白い発見につながるかもしれない!」一縷の希望が見えました。
しかし、逆に問題なのは遺伝子欠損個体にほぼほぼなんの異常も見られないこと。普通に泳ぐし、卵を産むし、全体的な脳の大きさもほとんど普通の個体と変わらない。メダカでは必要のない遺伝子だから他のHmgn2とは構造が違うのだとすれば、遺伝子を欠失させても何の異常も起きないのも無理はありません。「やっぱりこの研究はお蔵入りか…」という考えを振り払い、遺伝子欠損メダカでの異常を学生さんと頑張って探した結果、哺乳類における大脳に相当する終脳の一部が少し小さくなっていることを見つけました。その領域は、他の魚類では、形の認識をする際に興奮する、という報告がある領域でした。「形、形ねぇー。」とつぶやきながらデスクで虚空を見つめていたとき、ふと思い出したのが、別の学生さんの相談内容でした。彼女はメダカの記憶実験をするのに、Y字の水槽に、丸、三角、四角のマークを貼っていたのですが、どうやらメダカが三角の方に行きやすいらしいのです。
「メダカが三角が好きだなんて、そんな話があるはずないよなー」と思いつつ、メダカが丸マークの部屋と三角マークの部屋のどちらに行きやすいか、実験をした結果、「横井さん!三角に行ってます!」と技術支援員さんからの報告が。「え、気持ち悪っ!」と思わず返事をしてしまった私でしたが、データは本当にそんな結果に。そしてHmgn2遺伝子欠損メダカはというと、三角にも丸にもよらない、という結果になりました。
こうして、「メダカは丸より三角が好き」ということと、「メダカでHmgn2遺伝子は形の認識に関係する」ということを、世界に先駆けて発表することになったのです。その後のさらなる解析により、メダカが持つような変わったHmgn2遺伝子は、メダカも属する棘鰭上目と呼ばれる一部の魚類でのみ見つかることがわかりました。棘鰭上目は外洋からサンゴ礁まで幅広い環境に適応し、生態学的に多様性をもったグループとして知られています。それぞれの環境に適応するためには高度な形態認識能力が必要であり、実際にメダカは他個体を顔で区別するなど、視覚を用いた高度な認知能力をもつことが知られています。本研究により、Hmgn2の独自の進化がその能力に貢献した可能性が考えられました。魚類の形認識に影響する遺伝子の同定はこれが初めてのことであり、今後、さらに研究を進めることで、視覚を用いた高度な認知能力に必要なメカニズムが明らかになることが期待されます。また、コントラリアン行動を示す際は、同種他個体の行動を目で見て、自分がどう行動すべきかを考える必要があるはずです。今回ご紹介したHmgn2遺伝子欠損メダカのように、形の認識に異常を示すようなメダカを用いた際、コントラリアン行動にはどのような影響が出るのか、今後調べてみたいところです。
<研究の詳細はこちらから>
Shuntaro Inoue†, Yume Masaki†, Shinichi Nakagawa, Saori Yokoi† (†equal contribution) (2024) An Evolutionarily Distinct Hmgn2 Variant Influences Shape Recognition in Medaka Fish. Communications Biology, 7(1)
https://www.nature.com/articles/s42003-024-06667-8
<プレスリリース>