更新:2025.08.25 文責:石井 宏憲 (関西医大)
私たちは日々、頃時間に追われて生きています。通学バスの出発時間、試験の制限時間、明日までのレポート、2時間制の居酒屋、科研費の締切。そして限られた時間の中でより良い成果を得るべく四苦八苦せねばなりません。
たとえ同じミッションに取り組むとしても、どれだけ時間にゆとりがあるかはいつも同じではありません。問題は、持ち時間が変わるとやり方も根本からガラリと変える必要があることです。時間が短ければ、まずは対処のスピードを上げるでしょう。それでも間に合わなければミッションの中のいくつかの項目を諦める=目標設定を下げる必要があります。しかしその中でもできるだけ成果を最大化するため、何を諦め何を優先するか、戦略の変更も求められます。
日常に普遍的に潜みながら千変万化する“時間”という制約は、常に私たちに行動計画の練り直しを迫る非常に厄介な問題です。
制約にはまだ厄介な点があります。例えば遊園地に行ったとしましょう。持ち時間は2時間です。一番人気のジェットコースターは待ち時間込みで100分かかります。一方お化け屋敷も観覧車もメリーゴーランドもどれも40分で楽しめます。ひょっとするとジェットコースターを諦めて他のアトラクションをどんどん回った方がトータルで考えると遊園地をもっと楽しめるかもしれません。
このような問題は組合せ問題と呼ばれます。価値の高いアトラクションを選ぶことが必ずしもトータルの価値を最大化させるわけでない点に注意が必要で、トータルの価値を最大化させる組合せを選ぶ必要があります。ではどうやってその最適な組み合わせを見つければいいのでしょうか。もちろん組合せを列挙すれば解決できますが、選択肢が増えるごとに組合せは爆増していきます。そんな難儀なことを日常生活の些細な物事に対していちいちやってられませんよね。完璧でなくても、そこそこ良い組合せをお手軽に見つけ出すいい感じの方法が現実的には求められます。
さて前置きが大分長くなりましたが、このように「時間制約」は身近な問題でありながら適切に対処するのは非常に困難であり、だからこそ私たちはやれタイパだタイムマネージメント術だと自己啓発本を手にとっては気づくとコーヒー片手にYahooニュースを眺めているのでしょう。
ところで時間制約が問題となるのは何もヒト社会だけではありません。日没までの時間や天候、捕食者やライバルの存在など様々な要因によって、動物たちの活動も時間的な制約を受けます。では果たして動物たちは時間制約に適切に対処することができるのでしょうか?いやいや、私たちヒトですら苦労しているこんな高度な問題、動物なんかに扱えるはずがない!?
ところが最新研究により、サルたちが時間制約に応じて、自らの行動目標や戦略を柔軟に最適化することが明らかになりつつあります。
この研究ではニホンザルやカニクイザル達に制限時間付き採餌ゲームをやってもらいました。図1はコンセプト図です。スタートから出発して、できるだけ多くの報酬アイテムを回収しつつ、制限時間内にゴールに辿り着くというゲームになります。報酬は無事ゴールに辿り着けた場合のみ与えられ、タイムオーバーした場合は没収となります。
時間が十分にある場合は餌場を順に訪問し全ての報酬を回収することができます。一方制限時間が短い場合は全ての餌場を回ることはできないため、優先順位を決め移動距離を短くしつつ総報酬量を最大化できる経路を選択する必要があります。
これをボタン押し課題として実装したものが図2になります。点灯するボタンの内、右端がスタートボタン、左端がゴールボタン、中央の5個が報酬ボタンです。制限時間の長さはスタートボタンの色とタイムバーによって示されます。報酬ボタンの色は報酬サイズを表し、青が2点、緑が1点で、報酬ボタンを押すとスコアバーに加算されていきます。制限時間内にゴールボタンを押すことで報酬として得点に応じた量のジュースあるいは水が与えられます。ただし報酬ボタンの位置は毎回各列1つがランダムに選ばれ、またどのボタンが大報酬・小報酬になるかもランダムに決まります。つまり報酬マップはこれらの組合せ31,250通りから毎回ランダムに選ばれることになります。マップ毎に最適なルート覚えておくのはほぼ不可能と言えるでしょう。そのためサルにはマップ自体を個別に学習するのではなく、どんなマップでも対応可能な戦略を確立することが求められます。
さて今回はカニクイザルのK君のゲーム動画と成績をご紹介しましょう。用いた制限時間条件はNo limit(制限なし)、Long(4秒)、Medium(2秒)、Short(1.5秒)の4条件です。Long条件は実際には5つの報酬アイテムを全て回収するのに十分な時間で、Medium条件はマップによってアイテムの全回収を諦める必要が出てくる時間、Short 条件ではアイテムの全回収は困難でいずれかのアイテムは諦めなければならない条件となっています。
まずは下のGIF動画をご覧ください(No limit条件とShort条件。No limit条件ではスタートボタンとタイムバーの色は白、Short条件ではスタートボタンとタイムバーの色はターコイズです。)
スタートボタンを2秒間押すことでゲームが開始され、その間にマップが表示されます。2秒後にスタートを合図する音が鳴るとサルはスタートボタンから手を放して、できるだけ多くの報酬獲得を狙いつつ、時間内にゴールボタン(オレンジ色)への到着を目指します。青い報酬ボタン2点が2つ、緑の報酬ボタン1点が3つで、合計7点です。
No limit条件(左)ではゆっくりと確実に5つのボタンを押している様子が分かります。一方Short条件(右)では、スピードを上げるだけでなく狙うボタンを3つに絞り2つをスキップしています。その際、①高得点の2つをしっかりと狙っていること、②それだけでなく手前の1点のボタンも回収していること、③それらを結んだ移動距離が短くなるよう工夫されていること(ただしここでは最短ではない)、が分かります。つまりサルは単に高得点を狙うようになっただけでなく、得点と距離の組合せを考慮しながら制約内での総得点の最大化を目指していたと考えられます。
さて、図3やその他様々な解析・別のサルの結果と合わせて今回の研究から、サルたちが時間制約に応じて行動目標を適切に妥協すること、そしてその中で成果の最大化を目指すべく物事の優先順位を柔軟に切替えることが明らかになりました。詳しくは以下の論文をご一読いただけると幸いです。
制約の中で行動目標や戦略を柔軟に最適化するというのは集団の中でライバルたちと競い合う中でも非常に重要な能力であり、コントラリアン行動も密接に関わると考えられます。円滑な社会生活には周りあわせて折り合いをつけることが重要ですが、サルたちの社会もそうした高度な柔軟性に支えられているのかもしれません。
参考文献