更新:2024.10.31 文責:高橋 佑磨 (千葉大学)
遅めの帰宅時間帯。乗り換えのため電車から降りると、ホームは人で溢れかえっていました。不慣れな駅だったので、状況を把握するのに少し時間がかかりましたが、要するに、エスカレータの順番待ちをしているのです。どうやらホームのこちら側には階段がなく、エスカレータしかないそうで、そこに長蛇の列ができているのです。でも、登っていく人を見ると、みんなエスカレータの左側に立っているではありませんか。そして、それを待つ列も、よく見れば一列です。
私は並ぶのが嫌いです。(空気を読んで)列に並ぶぐらいなら、ホームをウロウロして人が減るのを待つくらいの性格ですが、そのときばかりは、魅力的なエレベータの右側の列を目指して、数十人をごぼう抜き。そして、誰も使っていないエスカレータの右側に列のステップに軽快に着地。周りからは、さぞ急いでいる人だと思われたでしょう。でも私はそんなに急いでいませんし、そもそもエスカレータで歩いちゃだめです。私は、エスカレータではピクリとも動かず、一番上までいって、予定通りの電車に乗り換えました。
こんなファーストペンギンみたいな人がいたら、後ろから同じ戦略を採用する人が現れてもいいような気もしますが、国民性でしょうか、その場の空気のせいでしょうか、私の後を付いてくる人はいませんでした。2列に並んで2列でエスカレータに乗ったほうがみんなハッピーなはずです。右へ倣えで、画一的な動きをしていても、みんなの帰宅が遅くなるばかりです。どんなときもそうだとは言いませんが、個人が個人の判断で動きたいように動いたり他個体の振る舞いに影響されて自分の振る舞いを変えたり、社会として多様な振る舞いを許したりすることが大切なこともあるのです。
余談が長くなりましたが、最近BioRxivで公開した奥山登啓さんの論文(プレプリント)の内容を紹介します。昆虫の群れにおける行動の多様性についての研究成果です。
動物が集団を形成する理由は多岐にわたり、特に捕食者からの防御や餌探しの効率向上といった利点が知られています。例えば、群れの中にいることで捕食者の発見率が高まるため、いち早く警戒ができたり、捕食のリスクが分散されるといった効果が得られます。また、仲間と情報を共有することで餌の発見効率が向上する場合もあります。
従来の理論研究では、集団内の個体が同質であると仮定されてきましたが、実際の動物集団では遺伝的、行動的な多様性がみられます。例えば、異なる性格をもつ個体が混在することで、集団としてより柔軟に対応できることが示唆されています。実際、グッピーでは「大胆な個体」と「慎重な個体」が混在する集団の方が餌を探す範囲が広がり、集団の総採餌量が増大することが知られています。また、ショウジョウバエの幼虫では行動様式の異なる系統が一緒に採餌を行うことで、採餌パフォーマンスが非相加的に向上することも確認されています。こうした現象は「間接的な遺伝効果」と呼ばれ、個体の性格や行動特性が他の個体に影響を与え、最終的に集団全体の動態に作用するという理論に基づいています。しかし、どのような多様性が集団行動において相乗的な効果をもたらすのか、その具体的なメカニズムについては十分に解明されていませんでした。
このような背景を踏まえ、本研究では遺伝的に異なる複数のショウジョウバエの系統を用いて、遺伝的多様性が集団行動に与える影響を調べました。各系統のハエを単一系統のみから成る同質集団と、2つの異なる系統を混合した異質集団に分け、集団行動の違いを分析しました。観察する行動指標には、移動速度、探索範囲、空間嗜好性、停止時間といった要素が含まれており、これらは餌探索や捕食者回避といった生存に直結する行動です。
実験の結果、異質集団では同質集団に比べ、空間嗜好性と停止時間が増加することが分かりました。異なる遺伝的背景を持つ個体同士が混在することで、予想を超えた行動変化が生まれる現象が確認されました。具体的には、異質集団においては、ハエがアリーナの中心付近にとどまる時間が長くなり、移動をやめる頻度が増加しました。これは単なる平均的な変化ではなく、遺伝的な多様性が相互作用を通じて、集団に新たな行動パターンをもたらしたことを示唆しています。このような非相加的な効果は「多様性効果」と呼ばれ、異なる個体間の相互作用によって創発的に生じる集団の行動特性を指します。
さらに、異なる系統の組み合わせによって行動の変化の方向性や強さが異なることも明らかになりました。統計解析を通じ、多様性効果(異質集団での行動が同質集団から予測される期待値とどれだけ逸脱するか)は、主に活動性と探索範囲の違いに関連していることが示されました。活発な系統とそうでない系統を混合すると、探索範囲や移動速度が向上し、集団としての行動が効率化される傾向が見られました。一方で、探索範囲が異なる個体同士が混在することで、空間嗜好性も変化し、アリーナの中心付近に集まりやすくなることが確認されました。こうした行動の変化は、「リーダーの出現」など、集団内での役割分担が生まれるメカニズムの一端を示唆しています。
本研究の結果は、遺伝的多様性が集団行動のパフォーマンスを促進し、単一系統の集団には見られない新たな行動特性を生み出すことを示しています。多様性は、集団が外的な環境変化に対してより高い適応力を持つ要因として重要視されてきましたが、本研究ではその新たな視点として、個体間の相互作用による行動変化が集団の効率を高める可能性があることを提案しています。このように、多様性効果は集団形成の利益の一つとして考えるべきであり、その詳細を理解することで動物の行動進化や集団形成の意義がより深く解明されるでしょう。
<研究の詳細はこちらから>
Okuyama, T., D. X. Sato and Y. Takahashi (2024) Genetic heterogeneity induces nonadditive behavioural changes in Drosophila. bioRxiv 2024.08.19.608728 (doi: https://doi.org/10.1101/2024.08.19.608728)