更新:2025.03.03 文責:長谷川 拓 (理化学研究所)
私たちは社会の中で他者の行動を自然と真似をすることがあります。例えば、子供の言葉遣いは学校の友達の影響を受けやすいです。楽器の演奏やダンスなどを学ぶ時、上手な人の動きを真似することで、より早く上達できます。新しいものを発明するのは大変ですが、一度作られた発明品を再現するのはずっと簡単です。このように、模倣することは私たちが効率よく学び、成長するのに役立っています。
しかし、私たちヒトが集団として発展するためには、単に他人の真似するだけでは不十分です。他人と異なる創造的なことを生み出すことも必要です。ヒトの集団は模倣と創造の間でどのようにバランスを取っているのでしょうか?そのヒントは、小鳥の歌 (さえずり、bird song) にあるかもしれません。
スズメなどの鳴禽類のオスは「さえずり」を使ってメスにアピールします。このさえずりは、雛が親鳥の歌を真似して学習することで、世代を超えて受け継がれます。例えば、キンカチョウは孵化後10日ごろから親鳥の歌を覚え始め、30日ごろから未熟なさえずりを鳴き始めます。そして孵化後90日ほどで親鳥に似たさえずりを歌うようになります。
図1にはキンカチョウの歌の例を示しています。キンカチョウの歌は、短い無音の区間に区切られた音素(音の単位)の並びで構成されており、個体ごとに音素の種類や数、並び方が異なります。これまで、雛は親鳥の歌を真似することで、それぞれの小鳥が独自の歌を鳴くようになると考えられてきました。
しかし、もし単純に親鳥のさえずりを模倣するだけなら、世代を重ねるごとに集団内では同じような歌が増えていくはずです。例えば、あるコロニーの個体数が一時的に減少して集団内の歌の多様性が失われた場合、その後個体数が増えても多様性は回復せず、失われたままになるはずです。また、小鳥の2つの集団を長い期間隔離して飼育すると、集団間の歌の違いはどんどん広がっていくと考えられます。
ところが、Lachlanらの研究によると、隔離して飼育されていたキンカチョウの集団は、個体ごとの歌の違いは維持されていたものの、集団間の違いはそれほど大きくありませんでした。これは単なる模倣だけでは説明がつかず、集団内で歌の多様性を維持する仕組みがあると考えられます。
図1 筆者が記録したキンカチョウの歌の例
(A) ソノグラム(音圧を短時間フーリエ変換したもの)で各周波数成分の強さを表します。上段は音圧、下のカラーバーとアルファベットは自動判定された音素の種類を示しています。(B-C) 異なる個体の歌です。
この現象を詳しく調べるため、Tchernichovskiらの研究グループは、160組の親鳥と雛のペアの歌の類似度を分析しました。その結果、親鳥の歌が複雑な場合、雛は親鳥に似た歌を学習しましたが、親鳥の歌が単純な場合、雛と親鳥の歌はあまり似ていませんでした。つまり、雛は親鳥の歌はそのまま覚えるのではなく、親鳥の歌が単純な場合には新しい音素を加えるなどして、より複雑な歌を覚えることが分かりました(図2)。この結果は、もしコロニー内で歌の多様性が失われた場合でも、雛が新しい音素を自身の歌に加えることで、再び集団内の多様性が復活する可能性を示しています。
図2 親鳥の歌が多数の音素を持つなど複雑な構造を持つ場合、雛はその歌を正確に覚える傾向があります(上)。逆に親鳥の歌が単純であれば、独自の音素を付け加えるなどして、親鳥よりも複雑な構造の歌を覚えます(下)。
ヒトが他者の行動を真似するとき、単純にコピーするのではなく、自分なりの工夫やアレンジを加えていることが多いと思います。他者の行動を模倣しつつも、自分自身の経験やアイデアに基づいて独自に改良することで、集団として多様性を維持しているのかも知れません。
<より詳しくは以下の論文をご覧ください>
Lachlan, R.F., van Heijningen, C.A.A., ter Haar, S.M., & ten Cate, C. (2016) Zebra Finch Song Phonology and Syntactical Structure across Populations and Continents—A Computational Comparison. Front. Psychol., 7.
Tchernichovski, O., Eisenberg-Edidin, S., & Jarvis, E.D. (2021) Balanced imitation sustains song culture in zebra finches. Nat Commun, 12, 2562.