更新:2025.05.29 文責:永野 茜 (理化学研究所)
誰しも、自分の希望が通らなかったという経験はしたことがあるはずです。例えば、大学受験の際には第一志望の大学に合格できなかったという経験や、就職してからは希望していた部署で仕事することができなかったという経験はないでしょうか? しかし、それと同時に、「希望していなかったけれど、案外、やってみたら楽しかった」というように、当初は自分が魅力を感じていなかったものに対して、価値を見出すようになることもあります。今回は、類似した心理現象を見出すことができた、ラットを対象とした実験について紹介します。この研究は、私が大学院生のときに行った研究です。
例えば、あなたは、今すぐに500円もらえる(即時小報酬)か、あるいは、1週間後に1000円もらえる(遅延大報酬)か、どちらの方がいいでしょうか? 後者の「1週間後にもらえる1000円」は、1週間後という報酬獲得までの遅延によって、1000円の価値が、「今すぐもらえる1000円」よりも低くなってしまうことが知られています (e.g., Ainslie, 1975)。遅延大報酬を選択する行動は自己制御的な選択行動と呼ばれ、即時小報酬を選択する行動は衝動的な選択行動と呼ばれています。
私が行った実験では、ラットに上記と同様の遅延大報酬・即時小報酬間の選択を行わせました。具体的には、ラットを2つのレバーが備わっている実験箱の中に入れ、左右のレバーのうちどちらのレバーを押せば、遅延大報酬または即時小報酬が提示されるのかということを学習させました。例えば、左のレバーを押すとすぐに1粒の餌が提示され(即時小報酬)、右のレバーを押すと6秒間の遅延後に4粒の餌が提示される(遅延大報酬)という具合です。実験箱には、ラットがレバーを押す直前に自動的にレバーを出したり、ラットがレバーを押した直後にレバーを自動的に引き込んだりできるような仕掛けが備わっていました。
ラットに遅延大報酬・即時小報酬間の選択を行わせる実験は、これまでに非常に多くの研究者が行ってきました。通常、このような実験セッションは、強制選択試行と自由選択試行という2種類の試行から構成されています。強制選択試行では、遅延大報酬レバーと即時小報酬レバーのうち片方だけを提示し、そのレバーを強制的に選択させます。一方、自由選択試行では、遅延大報酬レバーと即時小報酬レバーを同時に提示し、いずれか一方を選択させます。私は、先行研究間で、強制選択試行と自由選択試行の割合が異なっているという点に着目しました。
本実験で用いた16匹のラットを、強制選択試行をより少ない回数しか経験しない群(強制少群)とより多く経験する群(強制多群)に分け、遅延大報酬と即時小報酬のうちいずれか一方を選択させました。その結果、強制選択試行をより多く経験した群の方が、より少ない回数しか経験していない群よりも、遅延大報酬の選択率が有意に高かったという結果が示されました。
大多数の人が価値を見出さない選択肢を選択する行動は、コントラリアン行動の一種と言えます。元々はコントラリアン行動をとらないような人であっても、“コントラリアン的”選択肢を強制的に選ばせることを繰り返すうちに、そのような選択肢に価値を見出すようになるかもしれません。
永野 茜・青山 謙二郎 (2015). 強制選択試行の割合がラットの遅延の伴う報酬選択に与える効果 行動科学 54, 31–40.
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