更新:2025.11.30 文責:佐藤 大気 (千葉大)
私たちは俗に「個性」や「性格」といわれる、個体間で異なりつつ、個体内では一貫した行動特性を(ある程度)持って生きています。心理学の分野において、人間の性格は、協調性、誠実性、外向性、開放性、神経症傾向という5つの因子で構成され、文化や民族をこえて共通にみられることが指摘されています。また、遺伝学の分野では、近年の大規模ゲノム解析の進展とともに、上述の性格の5因子に影響を与える遺伝子や遺伝的変異が特定され、性格の遺伝学的基盤に注目が集まっています。あまのじゃくな性格、というように、コントラリアンもまた遺伝的な基盤をもった性格として評価できそうですが、ではそうした精神的な個性の進化はどのように生じるのでしょうか?
私たちの脳内の神経活動を支える物質として、神経伝達物質というものがあります。特にセロトニンやドーパミン、ノルアドレナリンといったモノアミン神経伝達物質は情動や認知、記憶、睡眠など幅広い脳機能に関わる重要な役割を担っています。モノアミン神経伝達物質の代謝に関わる遺伝子は古くから研究されており、その遺伝子変異は、うつや神経症傾、不安の強さなどと関連していることが報告されています。こうした遺伝子の一つに、小胞モノアミントランスポーター1(VMAT1)という遺伝子があります。VMAT1は神経細胞内のシナプス小胞にモノアミン神経伝達物質を取り込む働きをもちます(図1左)。私は以前に行なった研究で、VMAT1遺伝子が人類の進化過程で自然選択を受け、ヒト特有の変異(2つのアミノ酸配列の置換)が生じていることを発見しました(図1右; Sato & Kawata, 2018)。
興味深いのは、この遺伝子に生じた二つの変異座位のうち、136番目のアミノ酸座位では、他の哺乳類には存在しない、ヒト特有の多型が存在するということです。さらに先行研究を調べてみると、この遺伝的多型はVMAT1タンパク質の機能(モノアミンの取り込み効率)や精神的特性(うつや不安、種々の精神疾患など)との関連が示されていました。つまり、人類の進化過程でヒト特異的に生じた遺伝的変異が、我々の個性を生み出しているかもしれないのです。そこで、この遺伝的変異に特に着目して、全世界のヒト集団のゲノムデータを用いてさらに集団遺伝学的な観点から調べてみると、アフリカ集団ではThr方が非常に優占している一方で、ヨーロッパやアジアの集団ではIle型の頻度も多少増え、ThrとIle型は3:1くらいの比で存在していることが分かりました。また、サンプル数は少ないものの、ネアンデルタールやデニソワといった古人類のゲノム配列も調べたところ、彼らはThr型であったことが分かりました。これらの結果に加え、進化シミュレーションも行なったところ、人類進化の初期過程のどこかで136Asn→Thrの変異が生じ、さらに人類がアフリカ大陸を出てユーラシア大陸へと渡った出アフリカの前後で新たにIle型が生じたというシナリオが推定されました。さらに解析を重ねると、現在のヨーロッパおよびアジア集団においてはThr型とIle型の両者が自然選択(平衡選択)によって積極的に維持されていることが示唆されました(図2)。
以上の結果は、VMAT1という1つの遺伝子を題材に、私たちの個性がどのように進化してきたのかについて、興味深い洞察をもたらしてくれます。実はこの変異座位は魚類まで遡ってもほぼ全ての種が同一のアミノ酸配列をもつという、進化的に非常に保存的な座位です(Sato et al. 2022)。ヒトでだけ機能を変えるような変異が生じ、さらに多型が存在しているという事実からは、モノアミン神経伝達物質を介したヒトの行動多様性に進化的な意義があるように思えます。また、VMAT1遺伝子変異とタンパク質の機能、そして精神的な特性との関連は、不安やうつといった一見不利にも思える形質が、むしろ人類の初期進化の過程では集団中に広がるように進化してきた可能性を示しています(Sato et al. 2019)。
人類はその進化の過程で、資源が豊かなジャングルから、資源に乏しく捕食者に狙われやすいサバンナへと進出しました。そのような環境では、いち早く危険を察知し、下手に動き回らない人が有利だったのかもしれません。一方で、ヒトがアフリカ大陸を出て全世界へ広がる過程では、むしろ積極的に探索し、新しい環境に踏み込む個体が不可欠だったでしょう。こうした異なる行動傾向が集団内に維持されてきたからこそ、人類は多様な環境変動に適応することができたとも考えられます。コントラリアンは、まさにこのような個体間の行動多様性と集団のダイナミクスを理解するための普遍的な視座です。慎重さと大胆さ、協調と反発。どれか一つに最適化された集団より、ばらつきを抱えた集団の方が変動に強い。そのような“進化の余白”を形づくる要素のひとつとして、コントラリアンもまた、集団の進化を支え続けてきたのかもしれません。
研究の詳細はこちらから
Sato D.X. and M. Kawata (2018) Positive and balancing selection on SLC18A1 gene associated with psychiatric disorders and human-unique personality traits. Evolution Letters, 2(5):499–510.
Sato D.X., Y. Ishii, T. Nagai, K. Ohashi, M. Kawata (2019) Human-specific mutations in VMAT1 confer functional changes and multi-directional evolution in the regulation of monoamine circuits. BMC Evolutionary Biology, 19:220.
Sato D.X., Y. U. Inoue, N. Kuga, S. Hattori, K. Nomoto, Y. Morimoto, G. Sala, H. Hagihara, T. Kikusui, T. Sasaki, Y. Ikegaya, T. Miyakawa, T. Inoue, M. Kawata (2022) Humanized substitutions of Vmat1 in mice alter amygdala-dependent behaviors associated with the evolution of anxiety. iScience, 25(8):104800