私たちは、他者と協力してチームとして新しい問題の解決を試みるときに、それぞれのチームメンバーがどのように役割を果たすのかを予測して、その予測に基づいて自己が果たすべき役割を考え、自己の行動を調整します。この能力によって、私たちは初めて経験する状況・場面においても、一人では困難な仕事を他者との協調によって成し遂げることができます。私たちは、このときしばしば、もし自分自身が他者と同じ立場に置かれ、他者と同じ役割を担うとしたら、どのくらいうまくこなすことができるかを想像し、その想像の結果を拡張して、他者のパフォーマンスを予測します。その基礎となる心理機能の一つとして、他者の心の存在を理解するために相手の立場に立って考える「心の理論」の能力の重要性が提唱され、ヒトでとりわけ高度に発達した側頭頭頂接合部（TPJ）が関与していると考えられてきました。

　しかし、他者の経験や能力は自分と異なるので、TPJによって担われる、他者視点と自己視点を置き換える働きだけでは、他者が役割を果たす成功確率や程度を正確に予測するのに不十分だと考えられます。他者の心の存在を理解するだけでなく、自己の心的モデルに対する内省的評価である「メタ認知」を他者の心的モデルに適合させて、他者の心の状態を推定する必要があります。しかし、それを可能にする脳の仕組みは、全く分かっていませんでした。

他者のパフォーマンスをどのように予測する？

　ビギナーのパフォーマンスは、自分自身のメタ認知を参照して予測することが可能です。一方、エキスパートのパフォーマンスは、自己のメタ認知に基づいて、エキスパートが解くことができる難しい問題を弁別するのは困難なため、エキスパートの過去の成功確率などの知識や経験則から予測しなければなりません。

　例えば、あなたが物理学を専攻する学生で、一つの研究プロジェクトを終えて、学位を取得したところだという状況を想像してみてください。あなたの研究室に加わったばかりの学生（ビギナー）が解くことができる物理学の問題の難易度は、あなたが今までに培った知識と経験を基にした自分自身のメタ認知によって、ある程度予測できると予想されます。対照的に、あなたよりもキャリアの長い物理学者（エキスパート）が解くことができる物理学の問題の難易度を予測することは困難であると予想されます。

課題を自分が解くか？　パートナーが解くか？

　私たちは、自分が正解すると報酬がもらえるランダムドット運動方向弁別課題オプションと、パートナー(他者)が正解すると自分が報酬をもらえるオプションを呈示し、より報酬がもらえる確率が高いオプションを選択してもらう協同的メタ認知課題を開発し、健常成人実験参加者に回答してもらいました。この実験において、自己とパートナーに呈示される運動弁別課題オプションの難易度は、トライアルごとに異なり、ある時は自分のオプションの方がパートナーのオプションよりも難しく、また別の時はパートナーのオプションの方が自分のオプションよりも難しく設定されていました。なので、実験参加者は、自分とパートナーのスキルの差も加味しながら、どちらの課題を選ぶと報酬がもらえる確率が上がるか、トライアルごとに判断することが求められました。

自分のメタ認知を投影して他者のこころを想像する前頭葉47野のはたらき

　パートナーのパフォーマンスを予測する場合の、脳のはたらきを同定するために、著者らは、この協同的認知課題遂行中の全脳活動を、機能的MRIを用いて計測し、パートナーと自分の間の選択における神経活動を比較しました。はじめに、自分のオプションの成績予測に関与する脳領域を探索しました。すると、前外側前頭葉47野と呼ばれる領域が特異的に関与することがわかりました。対照的に、パートナーのオプション成績予測に関して、パートナー単体では、パートナーの成績予測と47野の活動の間に関係は見られませんでした。しかし、自分の成績予測とパートナーの成績予測に比例する47野の活動の差に注目したところ、47野は、自分のメタ認知を参照することでパフォーマンスの予測が可能なビギナーの行動を予測する場合にのみ、顕著な応答が見られました。

　さらに、経頭蓋磁気刺激法と呼ばれる方法を用いて、47野の神経活動の活動を一時的に安全に抑制して、自己とパートナーの成績予測の比較能力がどのように変化するかを検証しました。すると、自分とビギナーの成績予測の比較スキルのみが影響を受け、自分とエキスパートの成績予測の比較スキルと同水準になりました。一方で、ランダムドット運動方向弁別課題の知覚判断成績そのものには全く影響が及びませんでした。これらの結果は、47野が、メタ認知を他者に投影し他者のこころの状態を推定する「社会的メタ認知」に重要であることを裏付けました。一方で、メタ認知の参照の困難なエキスパートの行動予測については、他者に対する知識や信念―ヒューリスティックス―に基づいて、他者の行動予測を行っていることが示唆され、「心の理論」に重要なTPJが担っていることが明らかになりました。

より詳しく知りたい方は以下の論文を参照して下さい。

Kentaro Miyamoto, Caroline Harbison, Shiho Tanaka, Marina Saito, Shuyi Luo, Sara Matsui, Pranav Sankhe, Ali Mahmoodi, Mingming Lin, Nadescha Trudel, Nicholas Shea, Matthew FS Rushworth (2025) Asymmetric projection of introspection reveals a behavioral and neural mechanism for interindividual social coordination, Nature Communications.10.1038/s41467-024-55202-0